この世から旅立つ人の手助け
1月4日。
母から連絡があり、叔父(母の兄)が病院で危篤状態とのこと。
点滴も針が刺せず、水も飲めない、尿も出ない。
食事は元旦に蕎麦を数本口に入れたのみ。
口の中にもがんが転移していて、大きな塊になっている。
見舞いに行っている母の前で、叔父は「苦しい苦しい」と口を開けたまま。
医師ももう手の施しようながないらしい。
母からの依頼で、16時過ぎから叔父に遠隔ヒーリングをしました。
この時に私がイメージで触れたのは、主に胸と頭だったと思います。
ヒーリングが終わってすぐ、母にLINEをしました。
ちなみに、私が叔父に遠隔ヒーリングをしたことは、母しか知りません。
母が叔父の奥さんから受けたLINEによると、ちょうどヒーリングが終わった頃から、苦しんでいた叔父がすっと眠りにつき、そのまま20時頃に旅立ったそうです。
『シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A』より
次のことをぜひ理解してください。
すなわち、死は死んでいく者にとっては悲劇ではなく、後に残された者にとっての悲劇に過ぎないということです。
暗黒から光明へとおもむくことは悲しむべきことではありますまい。
悲しんでいるのは、実は、その人に先立たれた自分のことであって、肉体の束縛から解放されたその人のことを悲しんでいるのではありません。
その人はより幸せになっているのです。
もう肉体の病に苦しめられることがなくなったのです。
激痛にさいなまれることがなくなったのです。
天賦の霊的資質が発現し、何の障害もなくそれを発揮し、援助を必要としている人々のために役立てることになるのです。
毛虫が美しい蝶になったことを悲しんではいけません。
鳥かごが開け放たれて、小鳥が大空へ飛び立ったことを泣き悲しんではいけません。
肉体を離れた魂が自由を獲得したことを喜び、そして、あなたも大霊から授かった能力を発揮すれば、その魂が味わっている美しさと喜びをいくらかでも知ることができることを知ってください。
死というものが存在することにも意味があるのです。
一つの踏み石ないしはドアのようなものであり、そこを通過することによって、より自由な霊の世界へと入ることになるのです。
物質的な視点で見ると、「死」はとても辛く悲しいことですが、霊的な視点で観ると、死は「非物質次元」という新しいステージへの旅立ちです。
私たちの本質である「霊」と「魂」は不滅で、肉体は滅びても永遠に存在し続けます。
重くて苦しい肉体を脱いだ叔父は、きっと自由を満喫していることと思います。

霊の世界へと旅立つ叔父の手助けができて光栄でした。


